はるかぜちゃんを叩く人は冷静に

はるかぜちゃん(春名風花)が叩かれていることについて

 

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まず前提として、議論や討論とは何のためにあるのでしょう。議論とは、2つの異なる見解から妥協点や新しい道をさぐる作業であり、討論とは、2つの異なる見解の論理性を戦わせ、第三者に伝える作業だと考えます。

議論にしても討論にしても、個人の嗜好や感情を入れ込まれた意見を覆そうと反論すると、相手自体を否定することになってしまいます。議論・討論での「人格攻撃はよくない」という言葉はよく聞きますが、最初の段階で人格が入り込んだ主張をしてしまっては、議論・討論の体裁がとれなくなるのです。

 

今回のはるかぜちゃんのブログ記事は、議論・討論なのかどうか。

はるかぜちゃんの個人的な感情に重きをおいて、国の偉い人に対して提案する形で締めくくられます。込められた感情で少し挑発的にも取れてしまう文章です。

しかしこれは、完全に個人の感想で、私はこう考える方が好き!と言っているのです。しかも16歳の高校生が。

良識ある大人は、反論する前に一度冷静になることをお勧めします。

私の前回の記事にも繋がりますが、

madoriten.hatenablog.com

 人生の経験と密接に絡み合った思想を外部から変えるには、お互いを深く深く見ていく作業をする必要があります。それでも、外部から変えてやろうという発想は、はばかられる行為です。

そもそも、保守は、原理的に言うと「変わらないこと」に重きをおく人のはずです。変わるにしても緩やかに、という冷静で大人な立場の人間が、「お前の思想は間違っている(から変わるべきだ)」と言っている構図なのです。

 

私も自分自身を省みながえら、今回のはるかぜちゃんのブログ記事が、議論・討論の体裁でないことを踏まえて、大人な対応を心がけたいと感じました。